明治後期、吉原遊郭で生きる遊女の光と影を、5人の遊女にスポットライトを当てて描いた映画である。
吉原遊郭のセットを建築して、まるごと炎上させたまさに規格外の遊郭モノの傑作である。
5人の花魁を通して女の生き方とは?を考えてみたくなる
この映画は明治時代の吉原遊郭が舞台である。
借金のかたに売られてきた女性たちを「花魁」という天女のような存在に仕立て上げて売り物にする、そして男たちはお金を出して買う。
タイトルテロップの手前で「男が通う極楽道 娘が売られる地獄道」と岸田今日子のナレーションが流れるが、通常は女性が犠牲者で、男性が得をした場所だった。いまなら身体を売らなくても借金を返す方法があるが、女性の地位が低く、教育を受けている女性も少なかった当時では、身体を売って家の借金を返すなどという方法が極めて合法的に行われてきたのである。
だがこんな地獄の中でも、お金持ちに身請けされて妻になるなどごく一部の成功例があった。
この映画ではそれが名取裕子演じる紫である。
男と女が出逢うところには虚構が現れがちであるが、吉原遊郭も例外ではなかった。
虚構の世界の中で嘘と真実のはざまを上手に泳ぎ切るもの、嘘を真実と信じて破滅してゆくものなど様々だ。
紫は吉原に足を踏み入れた時は、いかにも騙されそうな恋愛に慣れていないタイプだったのに、徐々に吉原での処世術をおぼえていく。
春の章の主役、九重花魁からは花魁としての手練手管を教えられ、吉里には遊郭で恋心真心は自らの破滅を招くとこれでもかと見せつけられる。
そして古島財閥の御曹司が客となるという成功物語を歩いていくのであるが、やがて紫と古島の考えの違いが小花の一件で浮き彫りになる。
小花は育ってきた環境が恵まれず、耐えきれない現実から逃避するために、とにかく見栄とプライドを嘘で塗り固めてこれまで生きてきた女性であるが、病に倒れ、お職の座を紫に追われた時に気が狂ってしまい大暴れする。
紫はこんな嘘をついてまでお職にしがみつこうとする小花を許すことができない。きっと嘘をつきまくって生きてきた女だから、お職を取り戻すためならなんでもする、なんてくだらないのかと呆れている。
それに対して、紫を花魁ではなく一人の女性として考えていた古島は、お職の座などはどうでもいい、お職の座なんてくれてやれと口から出してしまい紫と袂を分かつことになる。
これは現代でいうと、仕事こそ生きがいである女性と女性は黙って専業主婦で支えてくれればいいという男と同じである。
紫は新たな太客を得て花魁の高みをめざして前途洋々である一方、きっと遊びが過ぎた古島は財閥から勘当された。
財閥からの手切れ金を使って紫を身請けして結婚しようとするも、花魁として花を咲かせることにそのお金を使わせろというなかなかビジネスライクな女になっていた。
吉里のように恋に命を捧げる女ではないのだ。
結果、古島は実家からもらった手切れ金を紫にくれてやり、とうとうお歯黒河岸の下級女郎のもとに居続けるほど落ちぶれるのである。
男に踏み台にされると嘆く菊川とは全く逆で、男を踏み台にする女が紫なのだ。
いざ花魁道中を叶えた後は、今度は古島の愛を取り戻したくなる紫は「仕事も家庭も全部手に入れたい」よくばりな女そのものである。
そして古島とお春の情事中に倒したろうそくから発生した火事で、吉原遊郭が全焼する。
吉原一の成功者である紫のすべてを一瞬にして無に帰したのが、古島が起こした火事だったとは、なんともいえない皮肉である。
ろうそくが倒れても無視して情事を続ける古島は、破滅の道を選びながら紫に復讐したのではないだろうか。
「吉原炎上」あらすじ
全体の主役として父親が起こした海難事故によって借金のかたに売られてきた「久乃」。
彼女の花魁としてのサクセスストーリーを中心に、吉原の四季に合わせて、4人の花魁たちのサブストーリーも描かれる。
・春の章…わが道を行く、プロの花魁 九重
吉原の桜は咲いている間だけの命 花の咲かない桜なんて用なしなんだよ
映画「吉原炎上」九重のセリフから
久乃が吉原遊郭にきて、「若汐」という名前で花魁デビューする頃まで、花魁のイロハを教えたナンバーワン花魁が九重である。
しきたりを教え込むために、時には折檻をして花魁の手練手管を余すことなく彼女に叩き込む姉さん花魁。
年季が終わった九重は宮田という常連客がいましたが、彼もさっぱりと捨てて、誰にも告げることなく静かに吉原から去っていきました。
いまさら、見栄も花道もいらないよ さよなら!
映画「吉原炎上」から
・夏の章…吉原の「嘘」を信じて自滅した吉里
「はずす」って言葉知ってるか?お前、外しそうな顔してるなあ…
吉原で娼妓営業の許可を得る際に、若汐が警察官に言われた言葉であり、
「はずす」という言葉は、客に対して恋愛感情を持つことである。
実際「外した」のは、若汐ではなくこの吉里である。
若汐が古島財閥の御曹司が客となってお金の力を得る一方、吉里は自腹で好きな人を居続けさせ更に借金を増やしていった。
田舎から来た元恋人と関係を持った若汐はその子供を妊娠。その様子を察した吉里が遊女の身分では生まれた子が不幸せになるから堕ろせと諭す。
一方、若汐は吉里の一途な思いを応援し、吉里は株で穴をあけた客のために金を貸してほしいと頼む。
そして吉里のけなげな思いも虚しく客に拒否された時、吉里は自分にぞっこんの客を呼び出し、彼を相手に心中をもちかけ、刃物沙汰に…。
周りの人も巻き込んで引っ込みがつかなくなった吉里は衆人環視のもと、金魚鉢で首を切って自害する。
この時ちょうどほおずきを使ってこっそり堕胎を試みた若汐は道端で倒れているところを助けられ、部屋で休んでいたが、外から人々の悲鳴を聞いて、吉里の最期を知る。
秋の章…吉原の「嘘」そのものである小花
吉里の死の後にお職となったのが小花である。
先祖が徳川の御典医の名家の出身で、弟を帝大医学部に行かせるために身を落としたという。
お職になってすぐ、血を吐いて倒れた。
廓の人々は、吉里に続いて小花までお職が倒れられては示しがつかないと、若汐に将来のお職候補として紫という花魁として由緒ある名跡を与える。
小花の弟に倒れたことを伝えたいが、本人が拒んでいたが、理由は簡単だった。
実は生い立ちがすべて嘘であり、実際は母親は十二階下の安女郎、父親は博打打ちで母親に売られて質屋のスケベジジイに妾奉公に行かされた過去があった。
十月の俄で沸き立つ日に紫がお職となったが、病気でお職を追いやられ半狂乱となった小花が、積み上げられた赤い布団を切り裂いてメチャクチャに。
紫は噓つきである小花を罵るが、古島は嘘でよいという。
お職の部屋なんか小花に返してやれという古島に、紫は嘘の世界にも約束事があると拒み啖呵を切る。
出会ったころと違い女郎の世界に漬かり切ってしまった紫に古島はそっと別れを告げた。
小花は血の池地獄のような赤い布団の中で血を吐きながらのたうち回り、紫もいままでどんな目に遭えばこんなことになるのかと同情せざるを得なかった。
そして次の日の早朝、小花の棺桶が廓の裏口からそっと出ていった。
冬の章…やさしさが過ぎて踏み台にされる菊川
明治43年冬、古島が離れた紫には坪坂という太い客がついていた。
鷲神社で酉の市の頃、元同僚で一度は身請けされた菊川が客と揉めている現場に遭遇。
菊川は結婚に失敗し、吉原おはぐろどぶ沿いの下級の女郎屋に舞い戻っていたのだった。
紫は坪坂から身請けを望まれるが、花魁道中の夢を叶えてからと伝える。
そして古島は中梅楼にやってきて、古島財閥から勘当されたという。
古島は勘当された手切れ金を紫が自由になれるならと提案するも、話の腰を折るように紫は花魁道中の資金にあてたいと伝える。
やがてその後、菊川のもとに元夫を寝取った女がやってきて、夫が病気なのだという。
はじめは邪険に扱うも、最終的にはお金をつかませて帰してやる。
皆の踏み台にされる自分に涙が止まらない菊川。
紫の花魁道中が華々しく行われる中、古島の居所が判明する。
なんと菊川の働く「三和加」の春という女郎の下に居続けでいた。
古島に本当の気持ちを伝えたい紫に菊川は嘘の世界のあだ花を咲かせ、古島を捨てた紫に今さらなぜ会う必要があうのかと拒む。
明治44年4月9日、紫が坪坂に身請けされて吉原を出る日。人力車に乗って日本堤を走っているとき吉原に向かって急ぐ人たちがいた。
吉原で火事が起きたらしく、坪坂の制止も振り切って紫は吉原遊郭へ駆けていく。
その火事は、実は古島と春が起こした火事であった。
愛し合いながら逃げようとしない古島と春、逃げてと叫ぶ菊川、業火に包まれる中梅楼を前にした紫の表情は悲しみなのかため息なのか、喪失感あふれる複雑な表情で見つめるのであった。
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